新しい出生前診断の導入で何が変わるのか

妊婦の血液で、胎児の染色体異常が高い確率でわかる新しい出生前診断が、国立成育医療研究センターなど国内の5施設で行われることになりました。この検査法はアメリカのシーケノム社が確立したもので、アメリカではすでに一万件以上実施されています。

確かな出生前診断としては、これまでも羊水検査が行われてきましたが、200人に1人の割合で流産する可能性があるというリスクがありました。それに対して、新しい検査法ではこのリスクがなくなることから、8月末にマスメディアで報道されて以降、大きな反響を呼んでいます。

新しい検査法の特徴

新しい検査法の特徴をまとめると、次のようになります。

  1. 妊婦の採血だけで検査を行うことができ、羊水検査のような流産のリスクがない。
  2. 高い精度で染色体の数的異常を診断することができる
  3. 妊娠初期の段階(10週前後)で検査を行うことができる。

ただ一連の報道の中で、精度に関しては注意する必要があります。マスメディアの多くが「99%以上の精度がある」と報じていましたが、かなり誤解を招く表現がでした。99%以上の精度と聞くと、検査で陽性の判定が出れば、ほぼ間違いなく異常があるものだと普通は考えますが、実際は違うというのです。

日本産婦人科学会の「母体血を用いた出生前遺伝学的検査に関する検討委員会」によると、シーケノム社のデータはハイリスクの人たちを対象とした検査の結果であり、ローリスクの人たちを対象とした場合、その精度は下がるといいます。精度は疾患の罹患率によって変化し、高齢妊娠35歳のダウン症の罹患率を250人に1人とすると、約80%となり、これよりリスクが低い人たちの場合は、精度は更に下がることになります。つまり、この検査で陽性と判定された場合でも羊水検査による確定診断が必要ということになります。一方で、陰性と判定された場合は99%以上の精度で陰性ということなので、この場合羊水検査を行う必要はほぼないといえます。この検査の実際がこの通りだとすると、先の報道から抱くイメージとはだいぶ異なることになり、報道の在り方としてはかなり問題があったといえます。

感度と陽性的中率の違い

マスコミの報道では新型出生前診断の精度が99%と伝えられましたが、ここでいう精度とは「感度」のことを指します。感度とはある集団で検査を行ったときに、病気である人が陽性と判定される確率のことをいいます。一方、検査で陽性と判定された人のうち、本当に病気である人の確率を「陽性的中率」といいます。検査を受ける人にとって気になるのはこの値です。

感度=(陽性と判定された人数)÷(病気にかかっている人数)

特異度=(陰性と判定された人数)÷(病気でない人数)

陽性的中率=(本当に病気である人の数)÷(陽性と判定された人数)

例えばある病気について、正常な人の検査値の平均が100、病気の人の検査値の平均が200だったとします。この時、この検査でどの値からを異常と判定するかが問題となります。その境界値を180と高く設定すると、実際には病気なのだけれど少し値が低い人を見逃す可能性が高くなります(感度が低い)。逆に120と低く設定すると、病気の人のほとんどを陽性と判定することができますが(感度が高い)、本当は病気でない人を陽性と判定する可能性も高くなります(偽陽性)。偽陽性が増えれば、当然陽性的中率は下がることになります。

さらに、感度が同じでも、病気の罹患率によって陽性的中率は変わります。陽性的中率は感度と特異度、それに有病率との関係で表わされ、有病率(罹患率)が下がると陽性的中率も下がります。35歳妊婦のダウン症の罹患率を1/250と仮定し、シーケノム社のデータ、感度99.1%、特異度99.9%を使って計算すると、陽性的中率は約80パーセントとなります。

臨床研究の目的

今回行われる臨床研究は、この新しい検査を導入するに当たり遺伝カウンセリング体制を整えるための基礎資料を作ることが目的とされています。通常の妊婦健診で一般的に行われている超音波診断(エコー)も実は出生前診断の一つであり、何も考えずに検査を受けたところ、異常の可能性があると診断され、悩んだ末に中絶の選択をしたという事例も報告されています。

まずは、検査を受ける妊婦が事前にカウンセリングを受け、何のための検査かということをきちんと理解し、また出てきた結果に対してどう対処するのか予め考えておくということが大切です。それを可能にするためにも、カウンセリングの体制づくりが急がれます。なお、今回この研究の検査の対象となる人は、高齢妊娠や前の児に染色体異常があったなど、赤ちゃんに染色体異常がみられる可能性が高いと思われる妊婦さんに限られるようです。混乱を避けるということが主な狙いとみられていますが、対象を限定することに関しては賛否両論の意見があります。費用は約20万円かかります。

出生前診断そのものについて議論が必要

高齢出産の増加に伴い、羊水検査は増加傾向にあり、2008年には約13,000件行われています。しかしこれにより、例えばダウン症の出生が減ってきているのかといえば、必ずしもそうではなく、ダウン症を理由とする中絶数も増えているけれど、ダウン症の児の出生数もまた同様に増えているといいます。これは高齢妊娠が増えていることが原因と考えられています。

新しい検査法の導入で懸念されること

これまでの羊水検査に比べて、検査を受けるハードルがはるかに低くなったことで、広く検査が行われるようになり、結果として人工妊娠中絶が大幅に増える恐れがある。

アメリカでは、多くの人が何らかの出生前診断を受けており、また結果が陽性だった場合、中絶の選択をする人が少なくないといわれています。さらに、医師を介さないで検査結果をネットでやりとりするという消費者直結型検査も行われており、日本でも、今後そうしたことが行われる可能がないとはいえません。そもそも何のために出生前診断を受けるのか。それを改めて考える必要があります。人工妊娠中絶について定めた母体保護法では胎児の異常を理由とする中絶を認めていませんが、実際には広く行われており、黙認されているのが実情です。議論して結論を出すよりも、あいまいなままにしてやり過ごすことが多い日本人ですが、簡便に行うことができる新しい検査法が導入されることで、今後出生前診断を受ける人が大幅に増えることが予想されるだけに、出生前診断について、学会のみならず、広く国民の間で議論する必要があるでしょう。(哲)

参考資料
日本産婦人科学会「母体血を用いた出生前遺伝学的検査に関する検討委員会」議事録、読売新聞2012年8月29日朝刊、ウィキペディア(http://ja.wikipedia.org/)

(会報誌「満月」2012年11月号に掲載)

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