産科医療と裁判 ~ 福島大野病院事件を振り返って

理事長  小林 哲朗

福島大野病院事件を振り返って

医師の逮捕

2004年、福島県の県立大野病院で、帝王切開手術を受けた女性が死亡して執刀医が逮捕され、業務上過失致死と、医師法違反の罪に問われた事件の判決が8月20日福島地方裁判所で行われた。手術の執刀医が逮捕されたこの事件は、メディアでも何回も報道されて注目を集めたが、結局無罪判決が言い渡された。この事件を振り返りながら、産科医療と裁判について考えてみたい。

まず、この事件が注目を浴びるきっかけとなった、医師の逮捕についてどう考えるかであるが、医療界が猛反発したのも当然で、明らかに行き過ぎだ。はっきりと悪質であることが分かる場合は別だが、通常の医療行為を行っている者を逮捕するというのは信じられない。警察は、有力な供述を引き出して有罪に持って行けると考えたのかもしれないが、はっきり言って理解に苦しむ。

医療事故における医師の責任

次に、この件で医師に対して刑事責任を問うことが妥当であったかどうかであるが、私は、2002年に起きた慈恵医大青戸病院の事件などは別にして、基本的には、医療事故は刑事裁判で争うべきではないと思う。やはり、現在設置が検討されているような医療事故を調査する第三者機関を設け、そこがこういったケースの調査を行い、その結果に基づいて、行政処分や民事訴訟といった手段で、病院や医師などの責任を問うべきではないかと思う。

更にその上で、事故の原因や改善すべき点が明らかになった場合は、再発防止策を講じ、各医療機関に周知徹底させることが重要だ。それでも同じ間違いを起こすとすれば、罪は重い。この事件で無罪判決が出たことで、医師が自分の知識と経験を元に、現場でそれなりに判断して処置を行いさえすれば、責任は問われないという風潮が出るのは困る。

遺族の気持ち

ただ、遺族の気持ちを考えると複雑だ。遺族の願いは何といっても真相の究明だ。なぜあんなことになったのか。どうしても知りたいのだ。現在の医療界の状況を考えると、自らが原因を究明し、再発防止策を打ち出すことは到底期待できない。本当にやりきれない気持ちだろう。だからこそ、刑事裁判は遺族が真相を知る唯一の手立てともいえるのだ。

結局、遺族は真相も分からず、その上「過酷な労働環境で献身的に働く産科医」の逮捕・起訴ということに同情と非難が集まったことで、むしろ悪役にもなった感があり、さらに辛い思いをしているのではと案ぜられる。

産科医療と裁判

医療訴訟の背景

産科は、他の診療科に比べて、訴訟を起こされる率が高く、一生懸命やっているのに、結果が悪いと訴えられると、産科関係者は嘆く。とかく結果が求められるのは、医療だけに限らず、現代のあらゆる分野で共通の傾向だが、少し考えてみて欲しい。3時間待って3分診療、横柄な態度、無神経な言葉、何度訴えても相手にされず放っておかれる、「これがうちの病院のやり方です」・・・。全ての施設がそうだとは思わないが、お産自体は病気でないにも関わらず、あまりにも医療主導な状況に、無意識のうちに不満を抱いている人は少なくない。

病院はこんなもの。期待するのは結果だけ。それなのに結果まで裏切られる。そして嘘のオンパレードが始まる。そうなると、今まで閉じこめられていた不満や我慢が堰を切ったように溢れ出して、もう止められなくなっても不思議はない。精一杯やっているという言葉も白々しく聞こえるだけだ。こういう事件が起きるとよく、患者のために一生懸命やっているのに、という言葉がでてくる。確かに真面目にやっているのかもしれない。しかし、本人が一生懸命だからと言って、患者の側が、病院や医師に対し誠実さを感じるとは限らない。それは多くの場合、その目線が患者の側に向いていないからだ。

より良い医療のために

ほとんどの医療機関が、裁判を起こされた時に負けないための対策を取っているという。仕方のないことだとは思うが、そのことだけを考えていると、裁判の数も減らないだろうし、少しも医療がいい方向に向かっていかないように思う。

どうやっても100%の結果は出せないことが明らかな以上、安全性の向上を図ると同時に、患者本位の医療に向かっていくことが大切なのではないか。医療裁判の問題は難しく、簡単なことは言えないが、私は第三者機関の設置できちんとした調査が保障されること、患者との信頼関係を作り上げようと努力することが、長い目で見て裁判の数も減らし、より良い医療へとつながるのではないかと考える。

(2008年9月10日)

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