産科の訴訟のはなし

小林 哲朗

訴訟が自然なお産を阻む?

産科医が怖いものは、何と言っても訴訟だそうです。確かに産科が訴えられる事は多く、産科は訴訟件数が最も多い診療科の一つです。事故があって訴えられた場合、勤務医ならまだしも、開業医となると、精神的なダメージはもちろん、悪い評判が立って、お客が減るなど、経営的な心配もあり、かなり辛い状況が予想されます。

「お産にリスクはつきものです。ほとんどの人が問題なく出産できますが、何パーセントかの人には異常が起きてしまいます。訴訟が起きた時の事を考えると、他の大多数の人に必要ない処置だと思っていても、予防線を張るという意味で処置を行なわざるを得ないということがあります。そうでないと、結果が悪かった時に、何故あれをしなかった、これをしなかったと、後から責められて、結局訴訟で負けてしまいかねないのです。」

こういう考えは、何となく分かる気持ちがしますし、医師に責任が集中している今の状況は、ある意味、同情したくもなります。しかしだからといって、それを理由に、それじゃあ仕方がないですねと、自然なお産を諦めるというのも変な話です。関係当事者が、それなりに納得できる妥協点を探る必要があるでしょう。

結果が求められる理由

産科医から、「明らかなミスがあれば訴えられても仕方がないけれど、お産は奥が深い。正常産が急変し、原因がよく分からないままに悪い結果になってしまうことだってある。それなのに、常に結果を求められ、その責任は医師にある。そうであれば、予防線を張って、先に先に手を打つのは当然だ」という声が聞こえてきそうです。しかし実際、医療ミスは多いし、それ以外にも消費者が結果を求める理由が幾つか考えられます。1つは、きちんとした説明がないということ。もう1つは、消費者の希望がなかなか聞いてもらえず、医療側の都合で行なわれる処置が多いということです。要するに、信頼関係がないのです。いま消費者と医師とは、対等に話ができる関係にあるとは言えません。中には普通に話せる人もいますが、多くの人は違います。何も言わないのではなくて、言えないのです。しかし、だからといって、結果まで任せているわけではありません。コマーシャルではないですが、「全て任せる、しかし失敗は許されんぞ」です。


産科医の問題点

確かに、産科医として、待っていいのかどうか、判断が難しい時はあるでしょう。後から、あの時こうしたけれど、もう少し待てたのだろうかという疑問が残る事だってあるでしょう。それは分かります。問題は、その疑問をそのままにしている事です。個人的にデータを取ったり、他の産科医と情報交換することもできますが、ちゃんとした業界団体があるのだから、当然ガイドラインを作って、判断の一助とすべきでしょう。そういうことがないから、結局、いつまで経っても個人の勘と経験に頼るしかないことになる。勘や経験を否定する訳ではありませんが、やはり科学的な根拠やデータは大切です。

異常を未然に防ぐ-身体作り-という考えがない

運動不足や偏った食事、不規則な生活等々、現代社会で暮らす私たちには、自然という言葉そのものが、およそ不自然なのかもしれません。助産所に来るような人は、強い意志を持っていることが多いから、節制することができるかもしれないけれど、病院はいろいろな人が来るからそんな訳にいかないという人もいます。しかし、病院は基本的に、身体の何処かが悪い人が来る所ですが、もともとお産は病気ではないのだから、病院でも自然なお産のための身体作りを推進すればいいのではないでしょうか。身体作りと言っても、そんなに特別な事ではなく、食事の改善、適度に体を動かす、充分な睡眠をとる、身体を冷やさないようにするなどでも十分効果があるはずです。何事も準備が大切です。何もしないで、難産になり、お互い大変な思いをするより、面倒なようでも、事前に準備して、ツルッと産まれた方がずっといいはずです。

医師の責任は、結果だけでなく、過程を評価して、全体的な判断を

病院では、何かあったときの責任がいずれにしても医師にあるというのであれば、医師に責任が集中するこの状況を何とかして緩和しなければいけません。故意に陣痛促進剤でも使わない限り、昼夜を問わずお産はあるわけだし、その上、常に、いつ訴えられるかもしれないと、ビクビクしながらお産と向き合わなければいけないのでは辛いし、お産自体いいものに成り難いはずです。それを避けるためには、医療側の責任は、結果だけでなく、過程を評価して、全体的な判断をすべきではないでしょうか。そのためには、カルテなどの必要な情報がいつでも開示されるのはもちろん、最終的な結果の良し悪しに関わらず、常に過程を評価されるということが必要になってきます。

こうした事は、個人の医師が考える話ではなく、業界団体や、厚生労働省、市民などが話し合って、社会的な合意を築いていかなければいけないと思うのですが、そうした動きが全く見られないのは残念です。

(2004年10月15日)

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